ドゥルパドとは ―ドゥルパド演奏―
うたうヨーガ、うたう瞑想、ドゥルパド。
ドゥルパド演奏
声楽と器楽
インドでは、声楽、器楽、舞踊/演劇という上演芸術の分野をサンギートと言います。このうち声楽が最も芸術的にもヨーガ的にも深いとされ尊ばれます。器楽演奏もできるだけ声楽の表現に近づけば近づくほど良いとされています。
弦楽器ルドラ・ヴィーナー演奏家の故Ud. ジア・モヒウッディーン・ダーガルやその息子のUd. モヒ・バハウッディーン・ダーガルなど伝統家系のドゥルパド器楽演奏家は、声楽家としても一流です。ドゥルパド様式では声楽家の占める割合が圧倒的ですが、このように器楽演奏もあり、重厚で瞑想的なドゥルパドにあうルドラ・ヴィーナーが伝統的なドゥルパドの楽器です。近年ではヴィチットラ・ヴィーナー、スルバハールと言った弦楽器類や、チェロでの演奏(アメリカ出身チェロ奏者ナンシー・クルカルニ)も試みられています。
カヤールでは早くからバイオリンが取り入れられたように、インド古典音楽ではその様式での表現が可能であればどのような楽器も演奏可能です。
ドゥルパド演奏
弦楽器タンプーラは通奏音専用楽器としてドゥルパド演奏に欠かせません。通常、このタンプーラが2台ほど主奏者の背後につきます。その役割は、まず主奏者のキーであるサ(インドのドレミファのド)を提示し続けることにあります。主奏者の音感も太鼓の チューニング もタンプーラがよりどころです。またタンプーラが生み出すユニークで豊かな倍音の音背景は、主奏者の紡ぎ出すラーガの世界観のキャンバスとなって主奏者と音楽を支えます。インドの宇宙観では、この世は実在ではなくその根源は振動であるとされ、タンプーラの音は、その根源の振動の象徴でもあります。
ステージは主奏者によるタンプーラのチューニングから始まります。 器楽演奏の場合は 主楽器のチューニング及びパカーワジ奏者による太鼓のチューニングが続きます。
続くラーガ即興演奏は、大きく二つのパートに分かれます。ターラとパカーワジ伴奏のないアーラープと、その後のターラのあるドゥルパドです。この二つの部分を合わせて一つのドゥルパド演奏とも言います。第一部のアーラープはカヤール様式にも受け継がれましたが、ドゥルパドはこのアーラープ にかなり比重があり長く瞑想的です。それは、ラーガ宇宙の誕生から内なる多様性が展開していく一つの物語のようでもあります。声楽ではこの部分に意味のある歌詞はなく、伝統的な音節群に即興で浮ぶメロディをのせて歌い上げていきます。第二部のドゥルパドでは、パカーワジが入りターラにのっとって即興が進められていきます。ここでは具体的な意味のある歌詞が登場し、作曲された主題が歌われますが、即興はその主題の歌詞を用いて行われます。
カヤール演奏は、もともとドゥルパドが母体となっていますのでほぼ同じように多様性へと向かうラーガの物語なのですが、ドゥルパドは静けさを基調とした音楽であり、カヤールには情熱性があります。カヤール演奏は次第に速度が増していって最後には極限状態まで持っていきますが、ドゥルパド演奏においては、根底に一つの落ち着いたパルスがあり、そのパルスが徐々に速くなっていくことはありません。また、即興手法にも違いがあります。ドゥルパドは例えるなら毛筆で描いていく感じであり、間の芸術でもありますが、カヤールはアラベスク模様が展開していくように即興が進んでいきます。
このサイトの「ドゥルパドとは」に関する項目は、すべて世界的な音楽学者でもあるPt. リトウィック・サンニャル 博士からいただいた知識を元に書かれています。
その他参考文献 : 『Dhrupad』Author : Pt. Ritwik Sanyal & Dr. Richard Widdess, Ashgate Publisher, London ・『インド音楽序説』 B.C. デーヴァ著 中川博志訳、東方出版